トランプ発言とアメリカの言語差別

 

 こんにちは、英語同時通訳者オンライン英語・通訳講師の山下えりかです。

 

 今回は前回取り上げた記事の後半について、私の考えを書きたいと思います。 

 

 元の記事はこちら。

 

【日本人 知的レベル高くとも米では英語下手だけで嘲笑】

 

 いつリンク切れになるか分からないので、一部抜粋。

 

“ 口を開けば、“反日愛国”的な言説を繰り返すトランプ氏。昨夏、アイオワ州ドゥビュークで行った演説では次のように言い放ち、集まった支持者や野次馬を大いに笑わせた。

 

 「日本人や中国人との交渉事はものすごく大変だ。でも私は彼らの英語力の無さをいつもあざ笑ってやるんだ……彼らは時候の挨拶すらせずに席に着き、『ワタシ アナタ ト ショウバイ シタイ』とブロークン・イングリッシュで切り出すんだ」

 

 滞米経験の長い日本人元商社マンは、日本人の英語を茶化すトランプ氏やそれに拍手喝采する米一般大衆についてこう嘆息する。

 

 「多民族国家・アメリカでは、人種差別以上に“言語差別”が激しい。ネイティブ発音のアメリカ英語が話せない人をバカにする傾向は、役所の窓口やスーパーのレジなど日常生活のあらゆる場面で見られる。日本人や中国人は知的レベルがどんなに高くても、英語の発音が下手なだけで嘲笑の対象とされてしまうのがアメリカ社会の現実だ」”

 

http://www.news-postseven.com/archives/20160416_400686.html より)

 

 前回の記事ではこの前半部分、ドナルド・トランプ氏の発言について、ブロークン・イングリッシュに重点を置いて私の思うところを書きました。今回は後半部分の元商社マンが語る、“言語差別”と発音の話についてです。

 

 まず、これを読んだ時に思いました。

 

 「ああ、言葉にしちゃった...」

 

 ネイティブ発音のアメリカ英語を話せない外国人が受ける差別。無意識にせよ意識的にせよ、これは実在します。何を隠そう私の英語発音の矯正を無意識にやってのけたテキサスのホストマザーは、カチコチの保守派で人種差別主義者で言語差別主義者でした。別にここでホストマザーの悪口を書くつもりはありません。色々と問題大ありな人でも、私にとっては様々な意味で恩人です。ですからここからの話はあくまでも参考資料として読んでいただければ幸いです。

 

 私がお世話になったテキサスのホストファミリーは、中規模の運送会社を経営していました。テキサスはかつてメキシコ領だった土地のため、ヒスパニック系の人口が多い州です。ホストファミリーの会社でもヒスパニック系のドライバーさんが多く働いていました。またドライバーという仕事は英語が話せなくてもあまり問題が無いため、ヒスパニック系のドライバーさんの多くは英語がほとんど話せませんでした。その分賃金が安いということで積極的に採用していたのだと思います。

 

 私は毎日学校が終わるとホストマザーのオフィスで終業時間まで過ごすのが日課でした。会社の事務を統括していたホストマザーのオフィスには、会社の役員からドライバーまで多くの人が訪ねて来ました。その中ですぐにあることに気づきました。ホストマザーにとって相手が自分と対等かどうかはまず、英語の良し悪しで判断しているのだと。

 

 ネイティブ発音のアメリカ英語を話す人は対等。スペイン語訛りの英語を話す人は下。英語が全く話せない相手は論外。これがホストマザーの判断基準のようでした。ヒスパニック系でもネイティブ発音のアメリカ英語を話す相手は、対等に扱いました。逆にアメリカに居ながらアメリカ英語が話せない相手に関しては、相手が帰った後で努力不足だとか下手くそだとかとことん馬鹿にしていました。

 

 そんな過激なホストマザーがなぜ留学生を受け入れたのかは今でも謎ですが、英語が下手でも彼女が私を家族として扱ってくれた理由は、ただ単に私が子供だったからです。当時の私の英語の成長は小さな子供が言葉を習得していくのと同じようなものでしたから、それはそれ、これはこれ、だったのでしょう。

 

 ただこの件に関してはひとつ強烈に記憶に残っていることがあります。私の英語がアメリカ英語として様になって来た頃から、ホストマザーが周囲によく言っていたことがありました。

 

 「最初の電話ではエリカの言ったこと、一言もわからなかったの。でも今はスラングまで話すのよ、すごいでしょ♪」

 

 彼女は無神経なだけで、悪意は無いのです(笑)。これが彼女なりの賛辞なのはよくわかっていました。しかし私はこれを言われる度に、少し複雑な気持ちになりました。ホストマザーの言う“最初の電話”は、カンザスで1ヶ月過ごしたあたりでかけたものだったからです。

 

 確かに上手な英語ではなかったと思いますが、一言も分かってもらえないほど下手ではなかったはずなのです。一生懸命話したのに、きっと何かは伝わっていたはずなのに、そうしてネタにされてしまうその頃の自分を思うと、少し悔しくなりました。まあネイティブ英語しか聞く気が無い人でしたからこれは仕方ないことですし、そのおかげで今があるので結果オーライなのですが(苦笑)。

 

 ホストマザーのこの発言から伺えるのは、発音の重要性だけでなく、“アメリカ人と同じ語彙や表現を使えること”の重要性です。スラングは所謂ブロークン・イングリッシュに含まれますから正式な場では使えませんし、前半の対ビジネス英語の場合とは少し異なりますが、いずれにせよ発音も語彙も表現もアメリカ英語が絶対的な基準という点では一致しています。

 

 トランプ氏の発言もこの大きな意味での“言語差別”も、発音だけでなく英語の中身も非常に重要だというメッセージを含んでいるのです。

 

 もちろんアメリカ人すべてがこういう姿勢なわけではありません。しかし白人至上主義の保守派と呼ばれる人たちには決して珍しい話ではありませんし、こういった人たちがトランプ人気の一角を支えていることも否定しようのない現実です。

 

 こんな風に実際に経験したアメリカの“言語差別”ですが、私はその逆も経験しています。つまり、“英語が下手だと思われている日本人の私がバリバリのアメリカ英語を話した時の相手の反応の良さ”です。

 

 前回の記事にも通じることですが、自己紹介から時候のあいさつまでにクライアント(特に英語ネイティブ)はまず無意識に私の英語力をはかります。通訳者としてあいさつをしているのですから、当然のことだと思います。そして英語で2~3言会話を交わすと、相手の空気が変わるのを感じます。ネイティブ英語を話す相手に対する安心感です。

 

 実際どこで英語を学んだのかとか、発音そのものをストレートに褒められる等、まずは英語に関して話が弾むケースがほとんどです。それほど発音が相手に与えるインパクトが強いとも言えます。相手に不安を与えず、安心感を与え、更に対等な立場を確立する上で、発音の良さは強力な武器なのです。

 

 大人の英語の勉強と発音改善。そうまでしてアメリカや欧米諸国におもねる必要があるのかと疑問や反感を持つ人もいるでしょう。私の場合は通訳者という仕事ですので当然必要だと思っていますが、一般の英語を使うビジネスパーソンにも必要だと思います。理由は至ってシンプルです。そうすることで相手と同じ土俵に立つことができ、伝えたいことをきちんと伝えることができるからです。

 

 使う単語ひとつ、発音ひとつで、せっかく交渉にこぎつけたのに、英語の内容を馬鹿にされて最初から下に見られたり、せっかく最高のプレゼンを用意したのにきちんと聞いて貰えなかったりしたら、もったいないですし、悔しいです。確かに頑張っている相手を馬鹿にするのは傲慢で嫌な感じですが、それでもその相手と対等に話をしたいと思うなら、相手が馬鹿にできないところまでやるしかありません。

 

 先ほどホストマザーの発言のくだりで書いた通り、かつての私の「一生懸命」は彼女には伝わっていませんでした。「頑張って伝えようとしているんだから分かって」は甘えです。プライベートでなら許されます。しかし結果が全ての仕事においては、頑張っても伝わらなければ意味が無いのです。

 

 大人の英語ときれいな発音の習得。どちらも簡単ではありませんし、時間がかかります。私も時間をかけて苦労して習得しました。だからこそその重要性を痛感しています。

 

 英語でお悩みの方には、英語指導または通訳にて、私がお役に立てることがあると思います。1人でも多くの方が英語の悩みから解放され、英語の楽しさを知ってくれたら幸いです。

 

追記:この話や発音改善方法を含む英語学習法については、自著《初心者のための英語学習ガイド~「英語をしゃべりたい!」と思ったらいちばんはじめに読む本》でも触れています。合わせて読んでいただけたら幸いです。

 

 

山下えりか  通訳 勉強法 独学 自主練習 トレーニング 訓練 初心者 教材