こんにちは、英語同時通訳者でオンライン英語・通訳講師の山下えりかです。
今回はサイマル・アカデミー通訳コース準備科(現通訳I)での通訳演習を振り返ります。
サイマル・アカデミーを卒業して数年経ちますが、今でも一番よく思い出すのは、花形の同時通訳科ではなく実はこの準備科です。最もクラスメイトに恵まれたクラスだったからというのも理由のひとつですが、一番の理由は前回と前々回で触れた徹底した基礎訓練と、初期の通訳演習。今の私の通訳を芯から支えてくれている、インナーマッスルのような基礎技術です。
サイマル・アカデミーでは通訳演習に使用する教材が大きく分けて2種類ありました。
ひとつはサイマル・アカデミーの講師の先生やスタッフさんが吹き込んだ教材。原稿は演習用に作られたもので、その教材で学ぶべき知識や語彙がバランス良くちりばめられ、スピードも早すぎず遅すぎず、発音も聞き取りやすくしてあります。
もうひとつは“生教材”と呼ばれ、主に講師の先生方が通訳者として現場で通訳をした話の音源をそのまま使用します。意図的に作られた教材とは異なり聞き取りづらい発音であったり、スピードが速かったり、ひとつの文章に入る情報量が多かったり内容が極端に難しかったりと、一筋縄ではいかないものばかりです。
準備科では学期末に少しだけ雰囲気を味わうためにと生教材を使用した以外は、すべて吹き込みの教材でした。生教材をメインで使用するのは、もう少し先の話になります。
さてサイマル・アカデミーの授業期間は一学期あたり4ヶ月間。準備科ではその半分にあたる約2ヶ月間、特別に短く区切った吹き込み教材を使用し、メモを取らずに通訳演習をしました。なぜ通訳者にとって必須アイテムであるメモを使わずに通訳をするのか。理由は至ってシンプルです。メモよりも自分の耳と記憶に頼る癖を身に付けるためです。
16人のコビトさんの記事でも説明した通り、通訳をする時、頭の中は大忙しです。聞いて、覚えて、探して、考えて、組み立てて...同時通訳でなくとも頭の中では同時に様々なことをしています。
言うまでもなくメモを取るという作業は大きな負担となります。メモを取ることに気を取られすぎてしまうと、聞く、覚える、考える等の作業に割ける労力が減ってしまいます。メモとはあくまでも通訳作業の補佐役ですから、そうなってしまうと本末転倒。しかし訓練開始直後で通訳作業自体に慣れていない人にとって、“できるだけメモを取らずに”と言われたところでその加減は難しいものです。
通訳でまず大切なのは、聞くこと。そしてそれをしっかり記憶して正確な訳につなげることです。その基本を徹底するための最初の演習が、メモなし通訳演習でした。
まずメモなしで通訳をすることに慣れておくことで、その後メモを取り始めてからもメモに頼りすぎることがなくなります。メモはあくまでも記憶の補助として必要最低限のことを書きとめ、耳と記憶に可能な限り最大限の労力を回すことができるようになります。準備科前半では1~3文とかなり短く区切った教材で行ったメモなし通訳でしたが、リテンションの反復練習とこの癖の相乗効果で、メモなしで対応できる時間は訓練を重ねるにつれてどんどん伸びて行きました。
実際の通訳の現場でも、会話や対話等の適度な長さならほとんどメモを取らずに短期記憶だけで訳せることが多く、その方が話をしっかりと聞くことができる上に訳もテンポよくスピーディーに出せます。話の流れやリズムを崩すことなく通訳ができるので、話者同士のストレスを軽減し、スムーズなコミュニケーションにもつながります。メモを取らずにできる通訳は自分にとってもストレスが少なく済むので助かります。
それもこれも、こうした癖を叩き込みリテンションを鍛え上げてくれた、サイマル・アカデミーでの訓練あってこそ。準備科の半年間あってこそでした。
と、恰好良くうんちくを並べてみましたが、通訳演習を始めた当初の私のパフォーマンスは聞くに堪えない状態でした。ペアワークの時にはKさんの美しい訳に圧倒され萎縮してしまい、ヘッドセットをつけて全員で一斉に教材を聞き各自訳をテープに吹き込む演習では、方々から聞こえる完成された訳に気後れして声を出すことすらできないことが何度か続きました。時事クイズの点数は伸び悩み、吹き込みもまともにできず、訳や基礎演習で当てられてもしどろもどろ。最初の一ヶ月は教室の緊張感あふれる空気に慣れるだけでいっぱいいっぱいでした。
毎回泣きそうになりながら、緊張と演習の疲れでクラクラする頭で、ウルフルズの「笑えれば」をエンドレスで聞きながら静岡の自宅まで3~4時間かけて帰宅...そんな日々でした。この曲はまさに当時の私の心境ドンピシャな曲でした。
そんな日々が続く中、私はひとつ心に決めたことがありました。
「人と自分を比べるのはやめよう。比べて落ち込んでも何も良いことはない。」
当時のクラスメイトたちは全員が全員、あまりにも優秀な人たちばかりでした。その人たちと自分を比べて落ち込んでいては、身がもたないとすぐに感じました。そもそも通訳学校は誰かと競う場ではなく、自分が成長して行く場所。そう自分に言い聞かせ、何とか気持ちを保っていました。
そうは言ってもこの状態は続きました。それでも少しずつ訳を絞り出せるようになり、ちゃんと声を出して吹き込みもできるようになった頃、この消極的な姿勢を正すきっかけとなった出来事がありました。
中間試験です。
準備科の中間試験はそこまでの授業の流れから、メモなしで行われました。ただし記憶に負担の大きい固有名詞と数字のみメモ取り可(メモは試験後回収)でした。この試験で、やらかしました。
大きな数字は言い間違い、ひっかけだった和製英語には見事ひっかかりました。これだけでも十分問題ではあるのですが、更に問題だったのは、黙ってしまったことでした。
まだ吹き込み時間には余裕があり、落ち着いて考えれば訳も出せた状態でしたが、周囲の吹き込みが終わり静かになってしまった中で声を出す勇気が持てず、諦めてしまったのでした。
諦めて黙ること。
通訳者として一番やってはいけないことだと、訓練2ヶ月の私でも分かりました。実戦を経験したことのない私にとって試験は本番でした。その本番で一瞬でも気を抜き、更に諦めてしまったこと。自分のプロ意識の無さを恥じ、悔しくなりました。もう二度とこんなことをするものかと固く心に誓いました。
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