こんにちは、英語同時通訳者でオンライン英語・通訳講師の山下えりかです。
ご存知の通り日本時間11月9日にアメリカ大統領選挙が行われ、ドナルド・トランプ氏が次期大統領に選ばれました。開票当日は自宅で仕事をしつつ、朝からずっとCNNを流して選挙速報にかじりついていました。初の女性大統領、それもヒラリー・クリントン大統領の誕生は私の8年越しの夢でしたが、残念ながらそれは叶いませんでした。
獲得票数ではヒラリー氏がトランプ氏を約260万票上回ったとのこと。最終的に獲得票数が多かった候補が大統領になれないなんて、民主主義のルールとしてはおかしいと思いますが、それは過去にも同じことがあったのに修正されなかったアメリカ大統領選挙の仕組みの欠陥なので、アメリカの国家としての責任としか言えません。
今回の結果には落ち込みましたしが、何となく嫌な予感はしていました。今更メール問題云々ではありません。今週はその選挙制度の歪みの問題の簡単な解説と「嫌な予感」の理由、そしてトランプ氏がここまでにアメリカ国内の人種差別に与えた影響について、2本続けて更新します。
まずは全体での獲得票数が多くても大統領選挙自体は敗退となってしまうからくりから。
アメリカ大統領選挙では各州に「選挙人」と呼ばれる人たちが割り当てられています。選挙人の数は535人で、この数はアメリカの上院下院の議員の数と同じになっています。上院議員は各州から2人ずつ、下院議員は各州の人口に基づきその数が決まる仕組みなので、選挙人の数もほぼ各州の人口により決まっていると考えて良いでしょう。
例を挙げると人口の多いカリフォルニアでは選挙人の数は55人で、小さいニューハンプシャー州では4人など、州によりその数はバラバラです。
ちなみになぜ選挙人などと言う媒介者がいるのかと言うと、その起源は18世紀、まだ識字率が低かった頃のアメリカに遡ります。当時は今ほど情報網が発達しておらず、字も読めない人が多く、大統領を選べと言われても何を根拠に選べば良いのか分からない人が多かった時代。それぞれの町や村では予めその土地の名士や知識人を選挙人として選出しておき、選挙の際には人々は各候補の主張を選挙人を通じて知り、最終的に選挙人が人々の総意・支持を間接的に選挙に反映するという方法が取られていました。これが選挙人制度の始まりで、今も形式として残っているのだそうです。
さてアメリカの大統領選挙では各州で投票が行われ、獲得票数の多かった候補がその州の選挙人を全て獲得することになります。そしてこの「総取り」制度こそがアメリカ大統領選の歪みを生むのです。
以下、仮の州と数字を使って解説します。
A州の人口は220人で、選挙人の数は22人、B州の人口は200人で、選挙人の数は20人だとします。
A州ではトランプ候補が111票、ヒラリー候補が109票を獲得し、トランプ候補の勝利。トランプ候補は22人の選挙人を獲得します。
B州ではトランプ候補が50票、ヒラリー候補が150票を獲得し、ヒラリー候補の勝利。ヒラリー候補は20人の選挙人を獲得します。
州により共和党よりの州、民主党よりの州、拮抗する州とその票の入り方は様々です。A州のようにかなり僅差になる州もあれば、B州のように民主党票が圧倒的に多い州もありますし、もちろんその逆もあります。
選挙の制度上、選挙人の数が多い方が当選なので、選挙人獲得数がトランプ候補が22人、ヒラリー候補が20人のこの場合、勝利するのはトランプ候補です。しかし票の総獲得数で見ると、トランプ候補は161票、ヒラリー候補は259票。
これが、全体の獲得票数が多くても負けるからくりです。
アメリカの大統領選挙は「国民が自らの手でリーダーを選べる選挙」と呼ばれるものですし、多数決ルールの民主主義で、「全体の過半数」という数字が結果に反映されないことには大きな疑問が残ります。いつかアメリカがこの歪みを正してくれる日が来ることを願います。
それではここからは、私が感じていた「嫌な予感」についてお話しします。
今回のアメリカ大統領選への私の嫌な予感の最大の理由は、”Brexit”(イギリスのEU離脱問題)でした。あの国民投票がまさかの結果になったことで、アメリカが目を覚ますと期待した人も多いでしょう。私もその見方をしなかったわけではありませんが、楽観する一方でとても不安でした。私の目に映るアメリカは、とても内向きで自国以外の国に関心が無い人が多いからです。
「世界の中心」を自負するアメリカに限ってそんなことは無いと思いますか?世界の中心だからこそ、自国が一番でそれ以外に興味が無いとも取ることができます。実際アメリカ人の半数は生涯パスポートを持たないという話も耳にします。もちろん普段から世界に目を向け様々な情報を取り入れている人もいますが、私が住んでいた保守色の強いカンザスやテキサスのようなアメリカの田舎では、「留学生でもアメリカのことはよく知っていて当然。でも自分たちは君たちの国こことなんか知らないよ。」と言うスタンスの人が大多数でした。
Brexitは人々の感情だけで民主主義が動いてしまうことがあると言う、全ての民主主義国家への教訓だったと私は思っています。ちなみに数年前の日本での政権交代も同じ話だったと思いますが、世界に与える影響で考えるとBrexitやトランプ大統領の比ではなかったかと。
さてBrexitの例から考えれば、トランプ氏の過激な発言で煽りに煽られたアメリカの国民感情がそれを動かすことは予想の範囲内でした。更にトランプ氏の呼びかけに心を動かされていた人々の中には、これまで選挙で投票したことのない低所得者層の人々も多く含まれていました。彼らの内どれだけの人が外に目を向け、Brexitから何かを学び、アメリカと言う国の全体像を見ようとしたのでしょうか。ただ感情に流され、目の前の苦しい生活環境を移民のせいと決めつけ、怒りに任せて投票をしてしまった人の数は無視できない多さだったはずです。
こう言った人たちが投票に行く可能性を考えると、事前の世論調査や結果予測がいくら良くても楽観はできませんでした。もちろんトランプ支持層がこういう人たちばかりではないことは承知していますが、この層の人々のトランプ票の積み増しへの貢献度は大きかったと思います。
これが、私が嫌な予感がしていた理由です。
この嫌な予感がただの予感で終わってくれることを願っていました。しかし11月9日、それは現実のものとなってしまいました。
トランプ氏の国民感情操作は実に巧みでした。分かりやすく強烈な単語を使い文章を短くすることで、誰にでも伝わり更に強く記憶に残るように工夫し、金持ちと貧乏人と言う極端な構図を全面に出し、生活が苦しい人たちの感情を揺さぶり、低所得者層の生活苦の原因は既存権力と仕事を奪う移民であると憎しみを煽り、自分と自分の思想がそれを是正できると盛り上げました。私には彼のこのやり方は、ユダヤ人に憎悪を集め国民感情をまとめ上げたヒトラーと同じにしか見えません。
開票が終盤に差し掛かりトランプ氏の当選が確実視され始めた頃、「共和党がカンザスでやっていたことが今度は全国に広がって行くんだな」と、アメリカの友人がFacebookでつぶやきました。そして翌日また別の友人が、既にアメリカ全国で始まっている白人による差別に関するツイート集をFacebookでシェアしていました。
カンザスの白人社会の隠れた本音は、先日私の体験談記事で語った通りです。差別撤廃が進む社会の中で差別主義者が隠してきた本音が、トランプ氏の登場と当選により全国的に急速に表に出てきているようです。
次の記事ではそのツイート集をご紹介しようと思います。
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