通訳入門科1の記事にも書いた通り、入門科の授業内容は準備科とあまり変わりませんでした。リテンション&リプロダクションや要約の演習は慣れてきたこともあり、入門科に入ってからは少しずつですが楽になって行く感覚がありました。準備科から入門科にかけて時間をかけて四苦八苦しながらしつこいほどにやったこの基礎訓練は、今も仕事の現場でとても役に立っています。
さて準備科から入門科に進級して一番大きく変わったのは、「フォーマルイングリッシュ」を意識させられる機会が多くなったことでした。フォーマルイングリッシュとはすなわち英語の敬語です。以前トランプ氏がヤジる日本人の英語の記事でも触れた通り、例えばビジネスシーンで初対面の相手に向ってくだけた言葉を使うのは、日本やアメリカのみならず世界共通のマナー違反です。「英語はフランクに言いたいことを言えば良い」は、多くの日本人が持つ間違った英語観です。どのような言語であれ人と人とのコミュニケーションには、相手を気遣う気持ちと礼節が大切です。
とは言え英語に敬語があることを知らない人も多いことでしょう。それもそのはず。学校教育の段階ではそこまで教えてくれないからです。日本語の敬語にしても、授業で習うよりも学校や社会で多くの人と接して行く中で覚えるものが多いと思います。私達日本人にとって日本語は母国語ですから、日本に暮らしていればそれは可能です。しかし英語となるとそうはいきません。日本語とは異なり私達にとって外国語である英語の敬語は、積極的に学ぼうとしなければ身に付けることはできないのです。
そして入門科時代私を一番悩ませたのが、何度となく先生方に言われたこの言葉。
「フォーマルじゃない」
通訳コースに入る前の実践英語のクラスの期末ガイダンスでは、「入ったばかりの頃は学生英語だったけど大人の英語に近づいたね」と担当のイギリス人講師に言われたので実は少し安心していました。準備科ではフォーマルイングリッシュについてはほとんど触れられなかったので、油断していました。入門科で過ごした2期1年間のうち最初の半年間、私はほぼ毎回これを言われました。そしてその突破口が見いだせず、毎回頭を抱えました。
フォーマルイングリッシュ、英語の敬語、と言うといまいちピンとこないかもしれませんが、要するにビジネスや講演等で使われるような硬い表現の日本語を、その硬さも意味も崩さずに同じレベルの英語に言い換えられるかどうか、ということです。
簡単な例を挙げると、
「みなさん、こんにちは」を、
"Hello, everyone." だけでなく、
状況に応じて "Good afternoon, ladies and gentlemen." と訳せるかどうかということです。
今が完璧とは言いませんが、当時の私は日本語も英語もまだまだ発展途上でした。日本語の英訳は特に難しく、毎回何とか文章を作り出すだけで精一杯でした。そしてやっと出せた訳を「フォーマルじゃない」と言われても、自分の中にはそれ以上出せるものが無いという何とも情けない状態でした。
しかし突破口が見つからないからと言って立ち止まっては先へ進めません。手探りながらもフォーマルイングリッシュの壁を克服するため、ひたすらクラスメイトの訳や先生のお手本から表現を学び、それを真似て使い、ひとつずつ自分のものにして行きました。「フォーマルじゃない」と言われた箇所はしっかりとメモを取り、次から使わないように気を付けました。訳しづらい日本語を英語にするための勉強として、小松先生をはじめ大先輩通訳者さんの著書を繰り返し読んだりもしました。
やっと「フォーマルじゃない」と言われなくなったのは、入門科2期目も終わりに近づいた頃でした。
どの辺りで自分にどんな変化があったのかは正直今でもよくわかりません。とにかくがむしゃらに勉強して言葉も知識も吸収できるだけ吸収して、気づいたら毎回聞いていたあのダメ出しを言われなくなっていたという感じです。はっきりしているのは突破口と呼べるような解決策は無く、コツコツと積み重ねること以外、答えは無かったということ。
地道にコツコツ。
通訳訓練を含め、結局これが英語学習全般の基本なのです。
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