前回は文法に重きを置いた内容だったので、今回は「伝われば良いから発音は気にしない」についてもまず一言。
「発音できる音は聞き取れる。発音できない音は聞き取れない。」
以上です。これが現実です。これ以上分かりやすくは表現できません。また正確な発音ができない場合に起こり得るリスクや弊害については下記の記事に詳しく書いてありますのでご参照ください。
そして何よりも「文法や発音を気にしないでとにかく言葉にすれば伝わる」という主張に対して言いたいことがあります。
「文法が適当にしか分からなくて、発音も適当なために聞き取れる音が極端に少ない状態で、どうやって相手の言っていることを理解するのですか?コミュニケーションて、一方通行じゃ成り立たないんですよ。」
「文法や発音に気を取られて英語が話せない日本人」の本当の問題点は、「文法や発音を気にしすぎること」ではなく「意識しなくても正しい文法や発音が使いこなせるくらい根気と誠意を持って勉強しないこと」だと私は感じます。そして一般的に「きちんと通じる英語」を話すために必要な文法と発音の知識は、中学3年間の英語の授業で十分身に付きます。(より高度な英語を使うためには、更に構文力を鍛える必要がありますが。)
つまり「文法や発音を気にしすぎるから英語が話せない」と言う人は、必要最低限の努力ができていない人なのです。
必要最低限の文法や発音を効率的に身に付ける方法は、自著《初心者のための英語学習ガイド~「英語をしゃべりたい!」と思ったらいちばんはじめに読む本》で順を追って説明しています。ご参照いただけたら幸いです。
さて先ほど、「誠意を持って勉強」と書きました。この誠意は誰に対するものでしょうか。もちろん、真剣に英語ができるようになりたい自分自身に対してという意味でもありますが、一番は英語を使ってコミュニケーションを取る相手に対してです。相手と対等な立場でのコミュニケーションにおいて、自分の英語力不足を相手の想像力と努力で補ってもらおうというのは怠慢に他なりませんし、相手に対して失礼であるだけでなく、対等な立場の放棄を意味します。そんなことをするくらいなら、英語力不足は通訳者を入れて補う方がずっと確実かつ誠実な行動です。
英語は言語です。その本質は日本語と何ら変わりない、コミュニケーションツールです。コミュニケーションには必ず相手がいます。その相手に敬意を払い、誠意を持って言葉を交わすためには、最低限の準備が必要です。英語の運用において文法と発音は、その「必要最低限の準備」であることを、一人でも多くの人に認識してほしいと願ってやみません。
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