逐次通訳の総仕上げが終わり、いよいよ同時通訳の訓練が始まるという直前の授業でのこと。授業が始まると先生は何かを配り始めました。内容を見ると、スピーチの原稿のよう。内容を確認する間もなく、先生が話し始めました。
「今日は英語のスピーチを聞きながら、今配った別の内容の日本語のスピーチを音読してもらいます。」
???
「つまり聞いているものとは全く違う内容のものを声に出して読みながら、聞いている内容を理解してください。」
?????
「スピーチを流し終えたら内容をまとめて言ってもらいます。あ、音読する方は内容を理解したり覚えたりしなくていいですよ。そっちはただ読み上げるだけです。」
????????
「では、始めます。」
ムリ―――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!
この訓練、分かりやすいように例を挙げて説明しますと、英語で環境についてのスピーチを聞きながら、日本語で経済についてのスピーチ原稿を音読し、最後に「はい、どんな内容でしたか?」と質問され、英語で聞いた内容を答えられなければいけない、ということです。
サイマルアカデミーでは、理想的な同時通訳は「7秒遅れ」なのだと教わりました。(私は実際そこまで待てた試しがありませんが。)7秒も待っていれば話がかなり先に進んでしまったり別の話になってしまうこともあるので、「聞く」と「話す」を完全に独立分業させることが必要となります。それは理解していたつもりだったのですが、いくらなんでもこんな訓練は想像していなかったのでかなり衝撃的でした。
そもそも「聞く」も「話す」も「考える」とは切り離せないわけで、その「考える」をいかに分けてそれぞれを適切にコントロールできるかということになるのですが、 そんなこと急にやれと言われても当然できるはずもなく、この演習では結局どちらの内容もほとんど理解も記憶もできずに終わりました。
しかしながら当時の担当講師の話によれば、昔は自分で日本語のスピーチをしながら英語教材を聞く、なんて訓練もあったそうなので、多少は易しくなっていたのかなとも思いますが、今思い出しても頭がパニックを起こしそうになります。
これまで私は「サイマルアカデミーでの訓練に一切の無駄はなかった」と書いてきましたが、この特殊訓練だけは本当に意味があったのかどうか、未だに答えが出ていません。とても興味深い経験だったとは思いますが、笑。
この後はようやく普通の同時通訳訓練が始まりました。教室に備え付けられている3つのブースに2人1組で入り、1人がヘッドホンから流れる内容を同時通訳し、もう1人がメモを取ってサポートするという形式です。残りの受講生は教室の中に残り、レシーバーを使って聞きたいブースの通訳を聞いたり、教材を聞いたりしながら順番を待ちます。先生方は3つのブースをそれぞれ順番に聞いて、多くの場合交代のタイミングでそれぞれの生徒のパフォーマンスにコメントをしていました。
この訓練が始まってからはもうひたすらこのシステムで訳すのみ。初めてブースに入っての演習をした授業でも特に細かい説明はなく、完全に「習うより慣れろ」の指導スタイルでした。
手探りで始まった同時通訳訓練に、私はなかなか慣れることも付いて行くこともできませんでした。ほぼ毎回、内容やスピードについて行けなくてゴッソリと訳を落としてしまい、コメントをする先生にさえも気を遣わせてしまっているのが分かるほど、できない日々が続きました。そのままあっと言う間に1年が経ち、何の準備もできていないまま最初の卒業試験を迎えました。
つづきます。
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