あけましておめでとうございます、英語同時通訳者でオンライン英語・通訳講師の山下えりかです。
今回はサイマルアカデミー通訳者養成コースの卒業試験を振り返ります。先に警告しておきますと、今回はかなり「痛い」話です。内容や心理的なことだけでなく物理的な「痛み」の話もあります。
この最初の卒業試験は、合格ラインをかすった気もしないほど圧倒的な不合格に終わりました。前回の記事にも書いた通り、技術的にも気持ち的にも全く準備ができていないままその日を迎えてしまったことが大きな理由です。しかしながら時間は全ての人に平等に流れていますから、自分の成長が追い付かないからと言ってこれはどうすることもできませんでした。そんな状態で受けた卒業試験は、パフォーマンスもその後の体調も散々な結果となりました。
試験当日。朝から自分でも驚くほど落ち着いていました。元々緊張には強いのと、ここまで来てジタバタしても仕方ないという開き直りでした。そうなってしまえばあとは学校へ行って試験を受けるだけです。ブースの中は当然緊張するだろうけど、始まってしまえばすぐ終わると腹を括ったつもりでいました。
卒業オーディションの試験官は3人。試験概要には担当講師2人に専属通訳者1人と書いてありました。更にオブザーバーとして本社の通訳事業部から2人の、合計5人の目と耳が小さなブースの受験者一人に集中するという、「これでもか」とプレッシャーをかけまくる試験方式です。
でもまぁどうせ試験官の顔など見ている余裕は無いだろうと思っていました。(実際そうでしたし。)
ただ試験概要に書かれた「専属通訳者1名」という記述が引っかかりました。顔も知らない専属通訳者さんならまだしも、クラスメイト全員が怯える方が一人だけいました。
ずばりサイマルインターナショナルおよびサイマルアカデミー創設者の大先生、小松達也先生(当時75才)です。
当時小松先生は同通科を担当されていましたが、私の受講クラスは別の先生方の担当だったため、「担当講師」には小松先生は含まれていませんでした。ただ卒業可否の最終判断は小松先生の一存というのは有名な話だったので、後で録音を聞くにしてももしかしたら試験官としていらっしゃるのではと、それだけが当日までクラス全員の不安要素でした。
そしていよいよ試験。私の番が来てブースに入ると、かの大先生は私のクラスの先生方を両脇に、ブースの真正面に座っておられました。遠目にお顔を拝見したことはあったものの、至近距離ではこれが初対面。先生のお姿を見た瞬間に頭が強い光を浴びたように真っ白になり、緊張は私の限界を軽く超えて体が震えました。
一気に緊張したため口がカラカラに渇き、 第一声をやっとの思いで出したものの、焦って出だしはガタガタ。最初のキーワードを訳し間違えるという大ミスをやらかしました。しかも英日から日英に切り替わったところで、「聞くだけ(訳さない)」部分を訳してフライング。担当講師に笑いながら「ここは良いですよ」と諭されました。
時間にすれば十数分の出来事。短いのか長いのか、時間の感覚が麻痺していました。あんなに不思議な時間は生まれて初めてでした。「ありがとうございました」とマイク越しに言った時には、 先生方は既にヘッドホンを外されていて、私の方は誰も見ていませんでした。この卒業試験に優しさなぞ求めていたわけではありませんが、苦笑。
本当に散々な内容でしたが、こんな状況下でも「黙らなかった」という点だけは、今でも自分を褒めてあげたいと思います。
さて、この日大変だったのは実はこの後でした。試験中自分がどれだけ緊張していたか、私は全く自覚できていなかったのです。フラフラになりながら外へ出ると、胃と背中に激痛が走り歩けなくなりました。近くのカフェで様子を見るも一向に回復する様子が無く、このまま放っておいたら救急車を呼ぶことになりかねないと判断し、急遽近くのビジネスホテルに一泊。
部屋に入りベッドに倒れこみ、しばらくじっとしていました。ちなみにこの胃の痛みはその後1週間ほど完全には回復せず、ほぼ毎日胃薬のお世話になりました。未だかつて経験したことのない痛みでした。
この時の卒業試験では、10人のクラスメイトのうち、B判定で卒業となったのが2人、私を含む残りの8人は不合格となりました。B判定というのは合格のランクのことです。A判定はサイマルインターナショナルから専属契約のお声がかかるレベルの合格。B判定は普通の合格で、「サイマル卒の看板を掲げて仕事をして良いですよ」と言われます。C判定は不合格で希望者は再履修となります。
結果発表のガイダンスの日、1人またひとりと、ガイダンスの部屋へ行って戻ってきては溜息ばかりが漏れる教室で、こんなやり取りがありました。
「私英語できないのかもしれないって思う。同時とは言え、指摘されすぎ。」
「うん、そうだよね。今『英語できますか?』って聞かれたら『できません』て答えるかも。」
「...ハァ...(複数)」
サイマルアカデミー同時通訳科の生徒にこの台詞を吐かせる先生に、そしてサイマルアカデミーに、心から恐怖したこの日のひとコマは今でも生々しく記憶に残っています。
つづく。
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