私は常々、英語学習や通訳学習を「水瓶に一滴ずつ水を溜めて行くような作業」と表現しています。水が溜まるまでには時間がかかり、溜めている間はなかなか変化に気づくことはできません。しかしある日突然水瓶から水があふれて、自分の成長に気づく時が必ずやってきます。
スタート時点では小さな水瓶なので、はじめのうちはこの「水があふれる瞬間」が割と短い周期でやってきます。しかしレベルが上がり水瓶が大きくなるにつれて水は簡単には溢れなくなって行きます。「頑張っているのに上達しない」と感じるのは決して上達していないからではなく、まだ新しい水瓶に水を溜めている途中だからです。そしてどの段階でも一番苦しいのは、水が溢れる直前なのです。(『初心者のための英語学習ガイド(スモール出版)』より一部引用)
2度目の卒業試験が間近に迫る中、相変わらず同時通訳訓練に四苦八苦する日々が続き、「このままでは前回と大して変わらない結果になってしまう」とさすがに弱気になっていたある日のことでした。「焦っても弱気になっても仕方ない、まずは目の前の教材をこなすしかない」といつものように訓練ブースに入り同時通訳演習を始めた時、この「あふれる瞬間」が突然やって来たのです。それまでと比べて明らかに、聞き取り、理解、思考、訳出の全てのスピードが上がり全てが上手く噛み合ったという確かな手ごたえを感じました。
最後に記憶のあった「あふれる瞬間」から約2年ぶり。2度目の卒業試験の1週間前、ギリギリ滑り込みセーフでの「あふれた瞬間」でした。
ただし確かに成長を実感することはできたものの、この「あふれた瞬間」が卒業試験合格に足りるだけの成長なのかどうかまでは確信が持てませんでした。あっという間に1週間が過ぎ、卒業試験の日がやってきました。
試験当日はやはりものすごく緊張しました。この試験の出来だけで卒業の可否が決まるのですから、それは当然のこと。それでも2度目のこの時には前回にはなかった強味がありました。半年間小松先生の授業を受けたことで先生に対する耐性がある程度できていたことです。(初回は小松先生のお姿を見ただけで緊張で頭の中が真っ白になってしまい、動揺して試験どころではなくなってしまったので。)
前回と比べて少しだけ和らいだ緊張感の中で、必死でヘッドホンから流れてくる話を聞き同時通訳をしました。聞くことと訳すことだけに全神経を集中させ、持てる力の全てを出しきった20分間弱でした。
卒業試験の結果はその少し後に実施される個別のガイダンスで一人ずつ通知される決まりでしたが、この時は例外的に事前に結果を知ることとなりました。私が欠席した試験後の授業の際に、「今回は全員合格です」という発表があったと、クラスメイトが一斉メールで知らせてくれたのです。
最初にこのメールを読んだ時は信じられませんでした。前回のクラスでは12人中2人しか合格できなかった試験に全員合格というのも信じられませんでしたし、ガイダンス当日に「実は違った」と言われたりしたらもう立ち直れないと思ったからです。先生からこのことを直接聞くことができなかったために、大喜びしたいのに怖くて喜べないなどという悪夢にうなされたような状態のままガイダンスまでの数日を過ごすことになり、この日の授業に出席できなかったことをこの数日の間、心の底から後悔しました...苦笑。
ガイダンス当日。個別ガイダンスの前に小松先生からお話がありました。
「このクラスは本当に優秀なクラスでした。今回は全員卒業ということで、みんなAかB。Cはいません。皆さん1年間ないし半年間本当に良く頑張ってくれて、こんなに優秀なクラスを教えられて皆さんにお礼を言わせていだたきたい。ありがとうございました。」
先生のお顔はそれまでに見たことがなかったほど穏やかでした。卒業から8年が経とうとしている今でも、この言葉とあの日の光景は忘れられません。何度思い出しても熱いものがこみ上げてきます。
個別ガイダンスでは、私はB+での卒業だと伝えられました。小松先生からは色々と厳しいことも言われましたが、「素質はありますよ。英語も上手ですしね。」と嬉しいお褒めの言葉もいただき、文字通り胸がいっぱいになりました。
卒業してしまえば小松先生と2人でお話する機会などもうなくなってしまいます。最後にありったけの感謝を込めてこう伝えました。
「準備科からずっと小松先生の授業を受けたいと思っていたので、半年間すごく楽しかったです。勉強になりました。ありがとうございました。」
小松先生はにっこりと笑って、「そう。ありがとう。」と応えてくださいました。
私が通訳になるまでシリーズ、これにて完結でございます。3年間もの長い間お付き合いいただきありがとうございました。シリーズ完結にあたっての感想やご挨拶は後日『あとがき』という形でアップさせていただきます。引続き当ブログをよろしくお願いいたします。
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