こんにちは、英語同時通訳者でオンライン英語・通訳講師の山下えりかです。
「メモ取りが苦手です」
「メモが読めなくて訳せません」
「メモを見ても内容を思い出せません」
これらは通訳講座の受講を希望される方から最初に聞くことの多い悩みです。そして多くの場合ここに続くのが、「メモの取り方を学びたい」「メモ取りのコツを知りたい」という要望です。しかしここには重大な誤解があります。今回はその「通訳のメモ取りに関する誤解」についてお話しします。
関連記事:【学習法】英語&通訳の勉強方法まとめ
✔ 大事なのは「メモを取らない技術」
これまでも何度もこのブログに書いてきた通り、通訳のメモの役割とは「記憶すること」ではなく、「記憶の補助」です。通訳者が話の内容を記憶するためのメインの能力はメモではなく、リテンション(短期記憶力)です。つまり通訳をするために必用なのは「メモを取る技術」ではなく、「できるだけ多くの情報を正確に記憶に留めて必要最小限のメモで通訳をする能力」、すなわち「メモをできるだけ取らない技術」なのです。
✔ 通訳メモのサンプル紹介
ここで過去に別の記事でも紹介した私のメモのサンプルをご紹介します。
基になっている内容はこちら。
“先週自身の政治資金問題について第三者の弁護士による調査結果を公表した舛添都知事。しかし都民の多くは納得しておらず、知事の辞任を求める声が高まっています。また6月13日の集中審議を前に下村総理特別補佐は「不信任案にノーとは言えないんじゃないかと思いますけれども。今のまま、もし行ってしまったとしたら」と述べました。”
※私のメモ取りの解説やサイマルアカデミーでのメモ取り指導については【私が通訳になるまで18】通訳学校と準備科(通訳メモ公開)をご参照ください。
これはあくまでもメモのサンプルを公開するために書いたものでかなり余裕を持ちながら取ったものなので、普段よりも少し多くまた文字も整えて書いています。実際の通訳時にはこの半分から2/3程度の量しか書きません(書けません)し、知らない人が読めば文字として認識できないものが多い状態です。
✔ メモは記憶の補助
聞いた内容のほとんどを頭の中で記憶していれば、このメモで十分に通訳ができます。訳す際にはこのメモを見て、話の順番やキーワード、そして話の内容を決定付ける動詞などを「確認」しながら訳して行きます。「メモが読めない」という現象は書いたものが記憶と関連付けられていない時に起こります。話の流れやキーワードを記憶できていれば、誰にも読めなくても自分が書いたメモは読めますし内容を思い出す手助けをしてくれます。あくまでも「記憶の確認のため」という位置づけであること。それが理想的な通訳メモの使い方です。
✔ メモの取りすぎに注意
メモの取りすぎは通訳作業にとって大きな弊害となります。通訳のメモについては理想の意識比率が、「聞く8割、メモ2割」と言われています。「聞くことに最大限集中する」は通訳のきほんのき。メモを取りすぎてこれがおろそかになってしまっては本末転倒です。そこで「メモ取りが苦手」と訴える学習者に多く見られる、本末転倒の具体例をご紹介します。
話の内容を覚えていられないことが不安
↓
メモ取りの技術を強化してメモを沢山取って思い出せるようにしたい
↓
聞こえた単語を片っ端からメモする(意識がメモに集中する)
↓
すると耳の方は単語は拾えても話の筋を追えるほど注意深く聞けなくなる(耳への意識が低下する)
↓
いざ訳す時に単語の羅列のみのメモを見ても内容が分からない
↓
訳せない
↓
訳せないのはメモが足りないせいだと思い込む
↓
更にメモを取ろうとする
↓
更に耳への意識が低下する...
✔ メモ取りスキル向上のための訓練法
この負のループを断ち切るためにはただ闇雲にメモ取りの練習をするのではなく、次のような対策が必要です。
1.リテンション(短期記憶力)の強化
聞いた内容を頭の中だけで正確に記憶する力。頭の中に留めて置ける情報量が多ければ多いほど、メモの量を減らし聞くことに意識を集中させることができます。
参考:
2.リスニングの強化
「音を聞き取る」ことへの労力が抑えられれば、内容の理解やメモ取りに割ける労力が自然と増えます。
3.話の内容を整理しながら聞く技術の強化
話が流れて行くのと(ほぼ)同じスピードで内容を整理しながら聞くことができれば、記憶もしやすくなりますしメモも効率的に取ることができます。
参考:要約の自主練習方法
✔ おわりに
それぞれの課題の分析や強化方法についての詳細は『通訳自主学習法スタディガイド』にまとめてあります。併せてご活用いただけましたら幸いです。また、オンライン通訳講座では短期記憶保持力を強化することに特化したリテンション強化レッスンも開講中です。
多くの通訳学習者が口にする「メモが苦手」にはメモではない様々な課題が隠れていることがあります。メモの練習ももちろん大切ですが、本当に自分に足りていないのは何なのかを分析し把握することこそが、総合的な通訳技術向上への近道です。