こんにちは、英語同時通訳者でオンライン英語・通訳講師の山下えりかです。
正確な通訳をするために必要なスキルはいくつもありますが、大前提として必要となるのが、「発言の内容を正確に記憶すること」です。その技術を鍛えるため、通訳の基礎訓練としてリテンション&リプロダクション(聞いた内容を正確に記憶して正確に繰り返す練習)があります。
このリテンション&リプロダクションの訓練は基礎訓練でありながら、それまでこの作業自体をやったことが無い人がほとんどのため、通訳訓練の最初の難関であり、通訳訓練の初期で多くの人の自信を砕きモチベーションを下げる要因にもなります。
「なぜこんな簡単なことが覚えられないのか」
「分かっているのに記憶に残せない」
「集中して聞いているのに忘れてしまう」
「記憶力が悪すぎる」
私のオンライン通訳講座の生徒さんたちからは、よくこんな言葉を耳にします。そしてこれはサイマルアカデミーで通訳訓練を始めたばかりの頃の私の声でもありました。
通訳訓練にトライするところまで英語力を磨いてきた人にとって、学習においてここまで手も足も出ない無力感を経験する機会はあまりありません。そのためできない自分にいら立ってしまうのは仕方のないことです。
しかしながらこの技術を身につける一番のコツは、「焦らないこと」「できない自分を受け入れること」そして「できない理由を分析して対策をすること」です。今回は前述の「ぼやき」の原因と対策について私の分析をまとめます。
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✔ 「なぜこんな簡単なことが覚えられないのか」
この原因は、「記憶すべき内容が簡単なことであったとしても、それを一言一句正確に記憶することは簡単ではないから」または「内容にかかわらず、正確に記憶すること自体に脳が慣れていないから」だと私は分析します。
「聞いた内容を一度で正確に記憶する」という作業は滅多なことで日常で求められることはなく、それを磨く必要もありません。これは通訳をするために必要なスキルであり、立派な特殊技能だと認識して訓練に取り組む必要があるものです。
つまりこの対策は、「正確に記憶する」は「難しいこと」だと認識し、自分にはまだその技術が身についていないということを自覚することです。
✔ 「分かっているのに記憶に残せない」
この原因は、「記憶に残せる深さまで理解できていないこと」または「理解=知らない言葉が無い、と勘違いしていること」です。
人は、耳で聞いて知らない言葉が無ければ「分かった気」になりがちです。しかし「すべての言葉を知っている」と「内容が理解できている」は全くの別物です。
正確な記憶や通訳をするためには、表面的な理解ではとても足りません。通訳に求められる「理解」とは、発言を聞いて瞬時にその内容を関連知識と紐づけ、それを自分の「肚(はら)」に落とし込み、完全に自分の中で消化し自分の言葉のように再生できるレベルの「理解」です。
この対策は、「通訳や通訳のための記憶に必要な理解のレベル」を認識し、「自分は理解の深さが足りていない」ということを自覚することです。
✔ 「集中して聞いているのに忘れてしまう」
これも上記の「理解」と似ていますが、この原因は「必要なレベルまで集中ができていないこと」または「必要なレベルの集中力が身についていないこと」です。
この言葉が出る時、本人が集中していることは間違いありません。しかしながら瞬時に正確な記憶をしたり通訳をするためには、それよりはるかに高いレベルでの集中力が求められます。そして訓練を始めたばかりの人にその集中力がまだ無くてもそれは問題ではなく、訓練を進める中で身につけて行けば良いだけのことです。
なのでこの対策は、「通訳や通訳のための記憶には今以上の集中力が必要ということ」を認識し、「それはこれから鍛えるものだから焦らない」と自分に言い聞かせることです。
✔ 「記憶力が悪すぎる」
リテンション&リプロダクションは確かに内容を記憶する訓練なので、できない理由が記憶力にあると考えてしまうのは自然なことです。しかしながら過去の自分の状態を考えたりオンライン通訳講座の生徒さんたちのパフォーマンスを見たりしていると、「記憶力」だけでは片づけられない様々な原因が見えてきます。
この「様々な原因」を書き始めるとかなり長くなるので、近々別の記事としてまとめたいと思います。
ただここで知っておいてほしいことは、「記憶力」がリテンションができない直接的な原因であることはみなさんが思っているほどは無いということです。
✔ おわりに
通訳訓練におけるリテンション&リプロダクションの訓練とは、それまで使ったことのなかった筋肉を鍛えるようなものです。筋トレと同じく筋力がつくまでは苦しいですし、時間もかかります。今この訓練に取り組まれている方、またこれから取り組む予定の方は、この意識を持って焦らずに地道に取り組んでほしいと思います。
リテンションの難しさへの「なぜ」の解決に、この記事がお役に立てたら幸いです。
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