こんにちは、英語同時通訳者でオンライン英語・通訳講師の山下えりかです。
昨年から続く新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの人の働き方が変わりました。私も例外ではなく、通訳業務をオンラインで実施する機会が増えました。
レッスンは元々オンラインだったので特に変化はありませんでしたが、オンラインでの通訳は初めてのことで戸惑いと試行錯誤の連続......かと思いきや、自分でも驚くほどすんなりと移行することができまして、更にやってみると対面よりもオンラインの方が向いていると感じました。
ちなみに私は双方向のビジネス会議の通訳のご依頼をいただくことが多く、また個人で(単独で)お引き受けすることがほとんどのため、リモート通訳は同時ではなく逐次通訳で対応させていただいています。双方向の会議に通訳を入れる場合、お客様側の「ある程度は英語が分かるけれども細かいところまで正確に内容を把握したい」という理由から、過不足なくすべての情報を訳しきれる逐次通訳が好まれているように感じています。
今回は私がリモート逐次通訳が得意な理由を分析することで、リモート通訳に必要な資質について考察します。
最初に断っておきますが、高い言語運用能力(日本語&英語力)や安定した通訳技術(リテンション、メモ取り、訳す力、予備知識)等は対面であれリモートであれ通訳には当然必要なものなのでここでは触れません。この記事ではあくまでもリモートという環境で必要なプラスアルファの技術や資質についてお話しします。
【参考】
✔ 私がリモート通訳が得意な理由から見える「必要な技術」
私は自分がリモート通訳が得意な理由を次のように分析しています。
1.オンラインレッスンの経験
2.ノイズ(集中を妨げるもの)が少なく集中できる
3.声の聞き分けが得意
そしてこれらから見えるリモート通訳に必要な技術はこの3つだと考えます。
1.話者の「呼吸」を読む技術
2.音だけで訳せる力
3.個々の声を認識できる力
それでは、それぞれ詳しく解説します。
✔ 「呼吸」を読む技術
私は5年前から英語講座を、3年前から通訳講座をオンラインで実施しています。そしてオンラインで通訳をするようになった今、この経験がとても活きていることを実感しています。
例えば話し出すタイミングです。オンライン通話ソフトではお互いが話すタイミングがかぶってしまい上手く会話がつながらないことが多くあります。オンラインレッスンではこれを減らすために声が被らないように試行錯誤を繰り返し、自分なりの感覚を磨いてきました。
リモート会議の通訳では、通訳を使うことやオンラインでの会話に慣れていない方がメインの話者の場合、長く話過ぎてしまうこともありますし、複数の人が参加しているオンライン会議では、日本人同士または英語話者同士で議論が始まってしまうこともあり、通訳が入るタイミングが難しいことがよくあります。
このような時に役立つのが、相手の呼吸を観察し、話と思考が一段落した瞬間を見極めその隙間にスッと入って行く技術です。そしてこの基となっているのが、先述の「話し出しのタイミングの感覚」です。
上記のように通訳が入るのが難しい場面は対面でもよくあるため、これは対面の通訳でももちろん大切なスキルです。しかしオンラインとなるとその重要度はその比ではありません。リモートでは対面のように目くばせや雰囲気で相手とコミュニケーションが取れません。そのような状況で、話の邪魔にならないタイミングを逃さずに通訳を入れられることは、スムーズなリモート通訳に必須のスキルと言えるでしょう。
✔ 音だけで訳せる力
私は元々気が小さく、現場での通訳の際には周囲の反応や言動がとにかく気になって仕方がない性質です。これがそれほど気にならないのがリモート環境の利点のひとつです。「リモートでは現場の空気感が分からずやりづらい」という同業者の声も聞きますが、私にはこれがむしろプラスに働いています。
だからと言って空気感を無視しているという意味ではありません。もちろん日本側と英語話者側双方の雰囲気をできるだけ読み取ろうと最大限の努力をしますし、話者の声と画面で共有される資料から読み取れる情報をフル活用して通訳をします。
例えば複数の人が参加する会議を対面で通訳する場合、その中に1人や2人、会話の内容に全く興味がない人がいることがあります。そのような人は興味がないことや暇を持て余していることを周囲に悟られないように取り繕ってはいますが、ちょっとした仕草からもダレた雰囲気と言うのは伝わってきますし、それはノイズとなり集中の妨げになります。また別の例では通訳を途中で遮って話し出そうとする人もいて、そのソワソワ感も同様にノイズです。
これらのノイズなしで「聞く」と「訳す」に集中できるリモートという環境が私には向いているようです。
しかしこれにはひとつ重要な技術が必要となります。それは「音だけで訳せる技術」です。先述の通りオンラインでは対面と比べて非言語情報が極端に少なくなります。そのため言語や音から最大限情報を拾えるスキルを身につけておくことが必要です。
なぜ私が言葉と音だけで情報を拾うのが得意なのか考えてみたところ、サイマル・アカデミーでの通訳訓練が理由ではないかと思い当たりました。私が通訳訓練を受けていた当時にサイマル・アカデミーで使用していた教材は多くが古い音源で、音質が悪いものも相当数ありました。そんな厳しい(劣悪な...)条件下でひたすらその音声だけを聞いて訳すという練習をしていた経験が今役立っているのだと思います。
✔ 個々の声を認識できる力
これは私の特性なのかもしれません。他の人に確かめたことがほぼないのですべての人に当てはまることかどうかは分かりませんが書いておきます。
実は私は人の顔を覚えるのが苦手です。これは昔からなので、現場での通訳の際には複数のクライアントの顔と名前を覚えるのにいつもとても神経を使います。
その一方で、人の声を覚えるのは昔から得意でした。例えば映画やドラマを観ていて「この役者さんどこかで見たな。何の作品の何役だったかな。」と思ったとします。顔では分からなくても、いくつか台詞を聞くと、話し方の癖や声色から誰だったかを思い出せる、と言った感じです。
「こんなことができたところで大して何の訳にも立たない。顔を覚えられた方がずっと良い。」と思っていたのですが、これが今複数の人が参加するオンライン会議の通訳に活きています。
オンライン会議の場合、カメラを切っていて名前しか表示されていない人がいたり、顔が映っていても画面共有で資料を広げていると顔は小さすぎて見えないとうこともあります。その一方で話す人はそれなりの数いますから、誰が話しているのかを画面の表示だけで把握するのは困難です。
そんな時に声の主が誰なのかを一発で覚えられると、話の流れを把握しやすく通訳もスムーズにすることができます。「声と名前を覚える」はリモート通訳にはあるととても仕事がはかどるスキルなのです。
✔ おわりに
以上、私がリモート通訳が得意な理由からリモート通訳をする際に身につけておくと役立つスキルを解説しました。新型コロナウイルスの感染状況が今後どのようになって行くかは分かりませんが、せっかく出会えた得意な通訳形式なので、リモート通訳の需要は引き続き残って行って欲しいなと個人的には思っています。
リモート通訳の機会が増え、「何となくやりづらい」「何をどう改善したら良いのか分からない」と感じている方も多いと思います。その原因究明と課題克服に、この記事がお役に立てたら幸いです。