私が通訳が好きな本当の理由。それは、「時間との勝負の中でこれ以上ないくらいピタッとキマッた訳が出せた時が最高に気持ち良いから」です。
はい、ごめんなさい。本来先に来るはずの「異文化間の橋渡し役になれるから」「人と人とを繋ぐ大切な役目だから」「本当に困っているお客様のお役に立てるから」は、もちろん大切なモチベーションですが、実は一番はこれです。
私は、自分の快楽のために通訳をしています。
この気持ち良さを、以前受けたインタビューでは「パズルのピースがはまる感じ」と説明したのですが、その後よくよく分析してみると、翻訳と通訳とで少し違うことに気づきました。
翻訳の仕事で得られる「キマッた感」は、「パズルのピースがはまる」感じ。これはインタビューで語った通りです。翻訳の仕事では通訳に比べて考える時間が長く取れるので、その分じっくり単語や表現を探すことができ、それを見つけた時の気持ち良さはまさしく「パズルのピースを見つけた」達成感です。
その一方で通訳の仕事で得られる「キマッた感」は、「柔道の試合で背負い投げで一本勝ちした時の気持ち良さ」です。実際にこの経験をしたことがなくても、オリンピックやその他の世界大会で柔道の試合を見たことがあれば、大技で一本が決まる瞬間の衝撃と爽快感はお分かりいただけるのではないでしょうか。ここで大切なのは、これがただの勝利ではないということです。
一瞬で、自分だけでなく観客の目にも華麗にかつ大胆に、完璧なタイミングで完璧な大技が決まるあの瞬間の感動と高揚感と周囲との一体感。それが、「通訳がキマッた」時の気持ち良さです。
私は小1から高校卒業まで十数年間柔道をやっていましたが、立ち技で一本勝ちをする時は、大外刈りがほとんどでした。これを表現するのにあえて「背負い投げの一本勝ち」としたのは、強烈な「キマッた感」はあの「相手を担いで一回転」の気持ち良さが一番しっくりくるからです。柔道に詳しくない方にはよくわかりませんよね。熱くなりすぎました。ごめんなさい。
さて、【私が通訳になるまで28】指されたくない時ほど指される不思議にも書いた通り、通訳の仕事でどこか一箇所飛びぬけてできたとしても、それは仕事においてほとんど意味を持ちません。クライアントが通訳者に求めるのは、全ての場面において平均的に良質な通訳を提供することです。ですからこの「キマッた感」は本来私の自己満足でしかありません。そのため長らく後ろめたさを感じていたこの感覚ですが、場数をこなすにつれて、これは通訳者の姿勢として悪いことではないと考えるようになりました。
つまり「キマッた訳」が出せた時というのは、クライアントにとっても「一番よくわかる訳」が出る時だからです。
通訳の仕事は常に時間との秒単位の闘いです。同時通訳なら話はどんどん進みますし、逐次通訳であってもそう長い間黙って考えることはできません。時計係のコビトさんの記事でも書いた通り、通訳者が3秒黙ったら長いのです。
そんな時間との勝負の中、通訳者は常にベストパフォーマンスをしようと努力します。どんなに焦って困っても、最低ラインを下回るような訳を出すことはしまいと、くらいつきます。その結果全ての箇所で一定品質の訳を提供できるのです。
そしてその中で、時間をかけて吟味したような完成度の高い訳を出せることがあります。それがこの「キマッた」瞬間であり、それは私にとって最高に気持ち良い瞬間であると同時に、クライアントに一番良い訳を届けられる瞬間でもあり、この回数を増やす努力をすることこそ、通訳者として求められる姿勢だと思うのです。
ちなみにこの通訳の「キマッた感」が物理的にどれほど気持ち良いかと言うと、業務終了後にはお酒を飲んだかのように酩酊状態になる一方で、超興奮&覚醒状態でハイになり、それにも疲れて一晩寝ると翌朝にはお肌がツルツルのピカピカになるほど、アドレナリンとドーパミンとよくわからない脳内麻薬の大量放出を誘発してくれます。今のところどんなに高いスキンケア製品も遠く及ばない絶大な効果です。
また私は体質的にお酒が得意ではありません。お酒を飲むと高確率で頭痛を引き起こしますし、少量でも二日酔いになることがあります。それでも何とか飲めるようになろうと成人して以来あれこれと試して来ましたが、通訳の「キマッた感」がくれる心地良い酔いを経験するようになってからは無理にお酒を飲むことを止めました。お酒無しでも良い仕事をすれば十分酔えますし、頭痛もしませんし、何よりも気持ち良いので(笑)
自己満足でしかないと思っていた私の「通訳が好きな本当の理由」が、クライアントの利益にもなるWIN-WINのものだったと認識して以来、私は更に通訳という仕事が好きになりました。より良いサービスを提供して行くため、これからも自分の感動の瞬間を追い求め、日々通訳技術の研鑽に努めて行きたいと思います。
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